あなたから見ると私はどう見えますか?

前回の 母の怒り〜鎮火 に書いたように

小学生時代は、
私が一番冷静で大人だった頃であり、
私が一番自分を押し殺して
無理していた頃だったとも言える。


今とは全く違って大人びた子供だったけれど、
思い出しても悲しく苦しくはならないどころか、
本気で「私すごいなー」と思ってる(苦笑)

だって、昔のアルバムを見返しても、
怖い母と、まじめで厳しい姉のそばで

よくもこんな笑顔でいられるものだと感心しちゃう。

そしてこれが精一杯の
私の存在感だったのだと思う。

本当は、母と姉の仲をとりもつことなんてせず
自分のことだけを考えて、
子供らしく過ごしたかったでしょう。

当時の私に会えたら、
抱きしめて頭ポンポンしてあげたい。

でも、子供時代を今思い返しても
悲壮感はなくて

みんなで仲良く暮らせたらと思ってた、
そのために精一杯やれることはやってた、
私なりに頑張っていたんだけど
それは私だけではなくて

母も母なりにがんばっていたし、
姉ももちろんがんばっていたんだと思う。
皆ちょっとずつ、がんばる方向が違ってただけ。

もちろん、
それぞれ知らんぷりして無視して
生きることもできたはずなのに、

不器用に関わり合い続けたから
不器用に傷つき続けた。
それぞれがそれぞれの愛だった。

まったく、困ったもんです^^;
これ、物はいいよう、なのかもね。

「物は言いよう」の意味は、
『同じことでも言い方によって相手の受け取り方が違う、話し方が悪いと、まとまるべき話もまとまらない場合などにいう。』
引用元:デジタル大辞泉

同じように、
人生は言いよう、
そして捉えようだと思う。

この考えのきっかけをくれたのは
3歩歩けば幸せひとつ見つけるという
詩人まど・みちおさん。

嫌なことも悲しいことも
まどさんの目を通して見れば
いつも面白おかしいお話になる。

過去は変えられない。
他人も変えられない。
母親も姉も変えられない。
自分もなかなか変えられない。

であれば、少し
視点をずらしてみる。ゆるめてみる。

子供時代の私は、自分を押し込めて
母の犠牲になったかわいそうな子供だった。
と見るのか、

子供時代の私は、持ち前の天真爛漫さで
母と姉の仲を取り持とうと頑張っていた
いじらしく可愛い子供だった。
と見るのか。

あなたから見ると、
私はどう見えますか?

もちろん、私は後者に見えていて
だから思い出しても
悲しかったり苦しかったりすることがない。

自分が愛しくて可愛くて
たまらない(^ ^)


私の思考は私の思考。
私の感情は私の感情。
誰かに影響されて
誰かに毒されることもない。

私の人生は私の人生。
母の人生は母の人生。
姉の人生は姉の人生。
誰かに遠慮して
誰かに支配されることはない。

今日も幸せに生きてます^ ^
あなたはどうですか?

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